2001年8月アーカイブ

「何時の日に旅は始まり何処にて旅は終わらむサロベツの野よ」 (酔狂さん2001年8月15日

「サロベツ原野」は観光スポットになっていて、サロベツから原野を連想することは容易であろうということ、と「原野」のイメージも、まぁ、人によるイメージの違いはすくないだろうという期待を基にしていますが粋狂の勝手な思い込みかもしれません。

これは概念歌ですね。ちょっと掴み所がありません。最後のサロベツという固有名詞がそれほど効いていないのが残念です。その具体名が、それより前の曖昧表現に負けてしまっているわけです。まず、何を詠みたいのか、ある程度整理する必要がありますね。「サロベツの野」で「人生」を表現しているのか・・・。「人は皆、人生という舞台で、いづくより来たり、何を行い、いづくへ去るのか」と詠みたいのですか。もう少し気持ちを整理され、詠み直されてはどうでしょうか。

固有名詞を歌に取り込むときに注意すべきことはどのようなものがあるでしょうか

固有名詞を使うことは、読者に視点を絞らせて作歌の意図を知らしめるのに役立ちます。曖昧さがそれにより払拭されるという効果がある。季節や時刻など具体的なものを入れたりするのと同様な効果です。逆に、一般性を犠牲にするので、詠む意図に応じて使うか否かを決めます。もちろん、固有名詞の音感も大事ですね。詩語として使うという基本を忘れてはなりません。また、よく知られた固有名詞であれば、それに付随する一般通念があるということを考慮せねばなりませんね。一方、全く知られていない固有名詞もしばしば使われます。これには一般通念は付随しないので、その呪縛から解放されている、という有利な面がある一方、知られていないが故に、何故わざわざ無名の名前を使うかの意図がはっきりしないと失敗します。固有名詞自体に含意があるとか、新鮮なイメージを生み、また響きを持つとか、これを使うことで歌全体が引き締まる効果があるとか、作者固有の捨て難い愛着があるとか、といったかなり明確な理由がなくてはなりませんね。

推敲について

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夕ぐれて夏虫に混ざりこうろぎのひそかに鳴きて我秋を知る (桐子さん2001年8月13日

やはり何がしかの古色が感じられますね。特に結句かな。

添削・改作(梧桐):
「この夕べ夏の虫鳴き蟋蟀も唱和するかな もう秋なんだ」 (桐子)

結句だけ口語(独り言、会話体)として、気持ちを素直に出してみました。
このように、作歌にもさまざまな手法があり、その可能性は無限と言えます。

固さ柔らかさ

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炎天や他に音なき蝉時雨人目も草も静まり返りて(桐子さん2001年8月5日

「他に」は、一読で「たに」と読まれないように、「ほかに」とひらがなが良いですね。また「人目も・・静まりかえりて」はちょっと変です。人目を気にする、人目を憚る、などと言いますが、やはり音ではなく「目」が主体ですから。「他に音なき・・・静まりかえりて」も言葉が重複しています。短歌は字数が限られていますから、こうした無駄は極力避けねばなりません。ただ、詠まれたい状況は、たしかに短歌的世界で、その捉えどころはいいですね。もう少しですよ。(漢字の使用ですが、当てはまる漢字があるときは常に漢字化しなければならないことは全くありません。漢字ばかりでは印象が固くなるものです。適宜ひらがな表記を使うのも、柔らかさを生む効果があり、作歌技法の一つです。)添え書きの趣旨をなるべく生かしながら改作してみます。

添削・改作
「蝉しぐれ炎天の町にとどろけり圧(お)されて人界静まりかへる」(桐子)

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