「だきつ」は「抱きつ」ですね。一読、このあたりがスムーズにいかない。こういう時は漢字表記がいいですよ。あるいは「いだく」を使うか。後半は、白秋の例の「ななきそなきそ」の歌を参照しましたね。 猫だって母が恋しい。ましてや・・・、の気分てしょうね。
添削:
「母恋ひて吾が指を吸ふ仔猫かな夕雨濡らす庭の花々」 (美雨)
(「外の面」は「とのも」。初句の「母恋ひて」が「吾」と「仔猫」の両方に係っているところが妙。)
「儚きは花のみにあらず ひとひらをうかべて恋し夫婦湯のみに」(桐子さん2002年3月29日)
しんみりとした、いい歌ですね。「湯呑」だけではなく、そこに一片の花弁を浮べるなんて、心憎いですよ。それに前半が共鳴して、すばらしい。。。ほんの少しだけ添削を・・・
添削:
「儚きは花のみにあらず ひとひらをうかべて切な夫婦湯呑の」 (桐子)
(「切な」は語尾を上げて。「刹那」ではありません。「切なき」の「き」を切り落として余韻を残す用法ですね。)
「想い出の義母の遺せし桜花たまゆら揺れて花の散る迄」 (夢子さん2002年3月23日)
義母さんと何年一緒に生活されたのですかね。
義母さん手植えの桜ですか。どの程度成長しているのでしょう。
吾が職場の裏手に20年前に若木で植えられた桜並木があります。今は立派に花を咲かせます。(今年はまだ今のところ蕾状態。ちょっと遅れ気味?)それで想像していいのかな。
この桜はもう咲いているのですか。去年までの想い出ですか。桜咲く時期になると決まって思い出す義母さん。しかもその手植えの桜にまつわるという、いつも同じパターンで。いい主題です。特に下二句が余韻を含んでいいですね。
添削:
「想ひ出は義母ガ手植えのこの桜たまゆら揺れて花の散るまで」 (夢子)
立場によって微妙に陰翳を引く故人に対する感懐。じっくり味わえる、奥の深い歌です。
「こしひかり あきたこまちに ひとめぼれ それでも満足カリフォルニア米」(あいりさん2002/02/25)
おはずかしいですが、これも短歌になるのでしょうか???初心者の恥じのかきすて。。宜しくお願いします。
というあいりさんの質問にあなたは
面白い歌ですね。まあ、狂歌に近いですが、まじめさは短歌ですね。特に、ご当人がフロリダにご在住であることを念頭に置けば。「それでも満足」は、日本にはいろいろ美味しい米があるけれど、カリフォルニア米だって結構いける、ということでしょうかね。かっての経験から言えば、これにはあおぎりも同感です。
添削:
「こしひかり あきたこまちに ひとめぼれ。ここはフロリダ、カリフォルニア米」 (あいり) (並列に書いたから、同列だととれるでしょう。)
と書かれました。また
質問ですが、、(美雨さん2002/02/27)
「落日の薄紅は西を染め東の空に望みをつなぐ」とか
「月は照り星がまたたくミルキーウェイ フォルンとピアノにハーブもくわわり」
こんな短歌もありですか?これは散文ですか? 分からなくなってきました。
という美雨さんの質問に
短歌でしょうよ。ただ、みんなが同感したり感動してくれるには、何をポイントに詠むか、をもう少しはっきり意識して詠むようにすることですね。また、語の斡旋とか選択とか、まあたくさん作るうちに身に付くものもありますが。たしかに、単に言葉を5-7-5-7-7と並べただけでは、形だけ短歌で、その実散文に過ぎないことにもなりますね。要は、定型詩としての言葉の美しさ、リズム感を前提に、人に感動(いろいろな意味での)を与える内容を盛り込む、ということですね。こうした事以外は、短歌には何らの制約もないといって過言ではないでしょう。(非定形口語短歌も一部で行われています。それですと、定形から外れて自由なので易しくなるかと言えば、ますます散文に近くなりますから、かえって難しいと言えます。実際、成功例は多くありません。)とにかく、気長に持続的にやってください。
と答えてらっしゃいます。
短歌って頭で考えるものではなく、きっと心の中から涌き出てくるものなのでしょうね?その涌き出てきたものをどう表現するか・・・・表現の仕方にはやっぱりテクニックが必要かな???あなたがが添削なさると私の短歌もどきが短歌らしくなるのを実感!で、あなたに添削して頂いたことを皆さんに公開したのが短歌教室でした。その後、もしか私達に付き合って下さって、ご自分の短歌もテクニックが加わるとこう変わると言うのを楽しんで下さる方がいらっしゃればと、短歌添削BBSを設置してみました。2000年11月末のことでしたが、おかげで最近は皆さんに、様々な個性ある歌を投稿して頂いていますし、アクセス数も常にトップページを抜いています。(^o^)v
添削例を示して短歌とは何かを知って頂くのは短歌添削添削BBSに任せることにして、この辺りで折に触れてあなたが示される作歌の心得を、時にはあなたに質問しながら、少しずつ纏めていくことで新しい「短歌教室」を作っていけると良いなって思います。
「ガリンコ号の行く手に群なすオジロワシ鋭き眼で一点を見つむ」 (白嶺さん2003/03/08)
ガリンコ号は流氷観光船で、氷をガリガリと砕いて進むからこの名があるのですね。確かに<ガリンコ号>では意味不明と感じる読者もいましょう。しかし名は体を表すの諺どおりのこの名称も捨て難いです。そうした場合は、こうした特殊な語は、歌のあとに簡潔な説明を付けるといいと思います。こうした(名がそれほど流布していない)固有名詞や、専門用語には略注を付けることは、これまでもしばしば行なわれます。
歌はこのままで十分です。嘱目がいいですから、状況を素直に詠まれればそのまま短歌完成ですね。
(あの歌の場合は「ガリンコ号」という固有名詞を生かしたいですから、しかし一般には流布していない名であり直ぐには理解されませんから、簡略な説明なり解説をつけることでこの語が使えますし、また生かすことが出来ます。専門的な内容の歌などでよく見受けられる手法です。(万葉集など、古歌集では、歌の由来が解かるように、歌の前に詠まれた経緯などを解説し、また特殊語には歌のあとにも説明を加えています。)もちろん、短歌は原則としては、一首ごとに、それだけで(つまり解説や添え書きなしで)読者を納得させねばなりませんが。2003/03/10)
「カリリカリ小気味良き音鮮やかにりんごの笑顔部屋に飛び出し」(夢子さん2002年3月7日)
若い白秋はりんごを「さくさく」と表現しました。夢子さんは「カリリカリ」という。(あおぎりはこれに同感です。)ご主人はそれを羨んでおられる・・・。年齢とか健康状態などで、ひとつのものがこうも違って表現される、といういい見本ですね。それにしても、「カリリカリ」はいい擬音語ですね。ただ、あとに続く言葉が短歌になり切っていなくて残念です。
添削:
「カリリカリ、りんご囓ればさわやかなりんごのかおりが夫も包む」(夢子)