2006年6月アーカイブ

「朝湿りの歩一歩とゆく散歩径 曲がれば垣根に新しき風」(祥子さん2006/06/24



 今朝は近くの山の中腹まで、霧が降りていました。 その中を、ゆっくり散歩をしていましたが、 みかん畑の垣根を曲がると、新しい、 ひんやりとした風が通っていました。  いつも添削をありがとうございます。 <歩一歩とゆく>ですが、この言葉が、ここで適当なのかどうか 分からないままにお伺いするのですが, これは、<字足らず>の部類に入るのでしょうか。お教え下さい。




初句「朝湿りの」が1音余りですね。第二句「歩一歩とゆく」は1音足らずではありませんが、発音がなめらかではないため7音ではないように感じますね。ここであえて「音」といったのは、それがより正確だからです。余るか足りないかは字数(平仮名表記する時の字数)より音(シラブル)ですね。読んだときの感覚ですので。例えば「一歩一歩と」ですと7音感覚ですね。ここは良いご指摘だと思います。下二句は添え書きとは違った意味に取られるでしょうね。ともかく、垣根に沿って曲がったとたんに(方向が変わるため)それまでなかった風が体を包んだのでしょう、その微妙な感覚を詠われたわけで、やはり日頃短歌のことを考えておられてこそ、ですね。



添削:

「朝湿りにゆったり歩む散歩径垣根曲がれば新しき風」(祥子)

「間一髪雨より先に帰り着き靴脱ぎ散らかし布団取り込む 」(ポエムさん2006/06/22

ちょっとそこまでと出かけたら、あわや雨か?と大急ぎで家に帰り着き、何とか雨が降る前に取り込んで・・・ 破調というのですか、「字余り」「字足らず」はどの程度まで許されるものでしょうか?


「字足らず」はあまりやりませんね。効果的と思って意識的にする場合も皆無とはいえませんが。一方、「字余り」の方は結構します。もちろん、その為に読みづらくなるのはなるべく避けるべきですが、今回のお作では読んでみてほとんど気にならない字余りですね。厳密に定型を守ろうとして却って窮屈な感じになる場合や、読んでみてゆとりやふくらみなどが感じられる字余りならいいですね。また、文法ミスまでおかして定型にはめ込む例も見受け、これは避けたいです。文法ミスより字余りの方がよほど救われます。なお、ちょっとした字余りや字足らずを破調とまではいいません。破調の短歌は、ほとんど全体が非定型ですね。字余りも1字、2字ではありません。上3句、あるいは下2句だけを破調にするとかもあります。自由律とも言えますが、自由律短歌はむしろ定型を認めず、積極的に破壊します。そうした短歌も一部では作られています。それに旧仮名、新仮名、口語・・・と、現代短歌は種々雑多です。このサイトではオーソドックスな短歌を前提にしています。かといって、それに厳しく拘泥もしてはいない。今回のお作は面白いです。こうした状況は誰にもありそうだし、情景が目に浮かびますね。布団が雨に濡れたら悲劇ですからね。このままで十分ですよ。

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