先生お恥ずかしいことをお聞きします。昨日添削いただいた「闇空より襲ふがに立つ鉄塔の雨弾く音が頭に落ちくる」の初句は〝やみぞら〟と読めばいいのでしょうか?辞書をみたのですが無かったものですから。(微笑女2006/07/20)
そうです、「やみぞら」です。辞書にない、とのことですが、これぐらいですと造語というほどではないですね。短歌における造語は多いですが、茂吉の「逆白波」などが有名ですね(「最上川逆白波の立つまでに吹雪く夕べとなりにけるかも」)。もちろん、安易に造語するべきではありません。なお、歌語(句語)で辞書にないものはたくさんあります。その意味では短歌(や俳句)などは特殊世界かも。
「繰り返す集中豪雨の土砂災害二十一世紀なお人類は無力」(ポエム2006/07/20)
新聞やニュースの土砂災害の報道に、科学がどんなに発達しても、自然に対して人類はなんと無力!・・・時事問題を詠むのは得意ではありませんが。
お作「二十一世紀なお人類は無力」で終わってしまっては、ご尤も、でおしまいです。新聞記事の見出しのようでもあり、こういうことをポエムさんがわざわざ詠われなくても、誰もが思っていることですね?それを歌にしようとしても歌にはならないのです。次の改作のようであれば歌になりましょう・・・。
改作例:
「またしても集中豪雨の土砂災害ああ阿鼻叫喚を繰り返すなり」(ポエム)
「次の逢ひ必ずあると信じつつ再会約す同窓会に」 (比叡2006/07/19)
再会の詠草ご説明有り難う御座いました。最近古語の使い方について悩んでおります。もっと歌はやさしく詠うべきかと思う時があります。同窓会の連作です。簡単すぎるかと思いますが宜しくお願いします。
短歌も色々ですね。やさしい歌、気宇壮大な歌、細かな歌、力強い歌、悲しい歌、侘しい歌、重い歌、軽い歌、意味明瞭な歌、ほのめかしが効いた歌・・・きりがありませんが。その時のご気分に合った詠いぶりでいいのではないでしょうか。王朝和歌はやさしさが基本でしたが。また、旧仮名と古語とは違うと思います。世の中には比較的新しく生まれた語でも死語となったものがありますが、文語(旧仮名)は歌語として現代でも生きています。古語も使い方次第で生きますね。今回のお作、「次の逢ひ必ずある」と「再会約す」は意味的にかなり重複していませんか?
添削:
「次の逢ひ必ずあると信じつつ同窓生らと別れ来にけり」(比叡)
「食卓で愛しい笑顔と向かい合い年を重ねる幸噛みしめる」(麻里子06/07/18)
ご無沙汰しております。おかげさまで大変体調が良くなり、三連休は自宅で過ごすことができました。海の日は私の誕生日でしたが、家族と共にいることの幸せを改めて感じた日でした。添削、よろしくお願いいたします。
それはよかったですね。海の日(17日)が誕生日だったとのことですが、おめでとうございます。その祝いも兼ねて自宅回帰でしたね。完全復調までにもう少し?お作、心情・真情が籠もっています。このままで十分ですね。最後は「かみしめる」と平仮名でもいいですが(直前の「幸」と「噛」の二つの漢字がくっついて、ちょっと読みにくいから)。
「次の逢如何にありなむ友らとの年ごと減りゆく同窓会に」(比叡2006/07/17)
今年の同窓会は5名参加者が減りました。来年はどうなるのかなとの思いです。2句目は自信がありませんがこれでよろしいでしょうか。宜しくお願いします。
同窓会は毎年開かれるのですか?結構マメなのですね。が、年々参加者の数が減っていくのは寂しいですね。お歳のこともあり、隔年にされたら増えるというものでもないでしょうし。。。
添削:
「次の逢ひは如何にあらせむ参加者の年ごと減りゆく同窓会よ」(比叡)
添削有り難う御座いました。次の2点教えてください。私は旧かなですが?。
①逢のひは必要ですか。
②「あらせむ」という表現の意味を教えてください。「ありなむ」は間違いでしょうか?
旧仮名短歌か新仮名短歌か(あるいは口語新仮名短歌か)は作者によってではなく、歌ごとで判断されますね。同一作者が両方を作ることはいくらでも例があります。(内容によって使い分けるのです。)今回のお作は旧仮名ですね。また、「逢」は、確かに旧仮名では「逢」でも「逢ひ」でもいいのでしょうが、読みづらいと判断して「ひ」を付けました。特に元歌のように直ぐあとに「如何」という漢字が来る場合は「ひ」を入れることで外見上もすっきりしますね。「逢如何」で一つの成語かと悩む読者も出るかもしれません。さらに「如何にあらせむ」は「どのようにあらしめようか」という意味ですね。つまり「どんな会にしよう」の意味です。「如何になりなむ」も考えましたが、これですと「どうなることだろう」(開催できるのだろうか、を含意)という意味ですので、ご真意から外れると思った次第。元歌の「如何にありなむ」は文法的にはミスではないにしても、意味があいまいになりますね。「ありなむ」は「きっとあることだろう」あるいは「きっとあらせたいものだ」の意味ですから。「どのようにきっとあることだろう」「どのようにきっとあらせたいものだ」では変ですね?
「ベランダに雀の一羽舞い降りて可愛い姿見せてとびさる」(小百合2006/07/18)
このお作もこのままでは余り短歌らしくありません。報告、という感じなのです。散文に近いです。例えば「可愛い姿」の中身が入るといいのですが。例えば・・・
添削:
「ベランダに一羽の雀舞い降りて何かせわしく啄ばみ飛びさる」(小百合)
「見渡せる稲の葉先は露宿しさざ波立ちて朝日にきらめく」(微笑女2006/07/17)
農道を挟んで左右に水田が広がります。常に水がはられているからでしょうかお天気が良い朝でも葉の先に露が光っています。風が吹くと稲が揺れて朝日にきらきら。きれいです。
今はまさに青田。広々とした水田に朝日が当たり、風に揺れる稲の葉先に朝露が光って美しいでしょうね。お作、ほぼよく詠めていますが、例えば「見渡せる稲の葉先」という表現は変ですね?「見渡せる」なら「稲田」とか、でしょうから。「葉先」という点では変。こうしたちょっとした配慮で、歌は格段によくなるものです。
添削:
「田を埋める稲の葉の先露のりてさざ波をなし朝日にきらめく」(微笑女)
「扇風機の分解掃除をする夫の飛ばせし螺子が廊下に光る」(すめーちゃん2006/07/17)
夫が扇風機の掃除をしていて、螺子が飛んだと大騒ぎしていました。私も呼ばれて二人で捜しましたが見つからず、他の螺子で間に合わせて一件落着、その夜なんと廊下で光っている螺子を見つけました。先生、飛ば(せし)過去形はこれで良いのでしょうか。宜しくお願いいたします。
機械を分解していざ組み立て直すとネジが余ったりしますが、ここではどこかへ飛んでいったのですね。代替ネジで組み立てたあと、夜中に、捜しても見付からなかったそれが廊下にあったのですね。小物を落としたりすると、捜しても直ぐ見付からず、意外な所にある、ということはわたしもしばしば経験しています。ご質問の件ですが、「飛ばせし」は「飛ばしし」です。「飛ばす」は四段活用動詞なので、過去(回想)の助動詞「き」は(その連体形「し」も)連用形「飛ばし」につきます。但し、サ変動詞「す」やカ変動詞「来」(く)には、「き」の連体形と已然形「し」「しか」は未然形に付きますね。ですから「せし」「こし」、また「せしか」「こしか」です。「来」には連用形「き」にも付ける例があり「きし」「きしか」とも。「する」はサ変動詞「す」の連体形ですが、現在表現ですね。ネジが廊下に光っているのが現在なら、ご夫君が扇風機の分解掃除をされたのは過去ですから、ここは過去表現「せし」がいいです。これは「す」の未然形「せ」に、過去(回想)の助動詞「き」の連体形「し」が付いた形ですね。
言葉が先にあって、文法はその規則を後追いで作ったものですが、語法(言葉の使い方)を整理したものであり、守るべきものです。例外的用法は例外として、やはり文法に組み入れられています。文法に反する語法は、使われないものなのですね。実際、文法に外れた語法は、読むと必ず違和感があるものです。上のご質問でも「飛ばせし」という言い方が、何だか変、と思われたからですね。
添削:
「扇風機の分解掃除をせし夫の飛ばしし螺子が廊下に光る」 (すめーちゃん)
「雨の中友が両手に抱えこし紫陽花の藍朱色のダリア」(アン2006/07/15)
こしの使い方間違っていませんか。(T_T)。『過去(回想)の助動詞「き」(終止形)は、一般的には動詞の連用形につきますが(「きし」はその例)、「き」の連体形「し」と已然形「しか」は、カ変動詞「来」には未然形「こ」にも付くのです。「こし」「こしかば」。なお、終止形「き」はカ変動詞「来」には全くつかないですね。』のところを何度も読んではみたのですが。
紫陽花の花ダリアの赤が鮮やかに息づいているようでした。
「こし」はこれでいいのですが(ただし「抱へこし」ですが)、ここは第三句で一旦閉じた方がいいようですね。下二句、普通なら「藍の紫陽花朱色のダリア」なのでしょうが、これでは二物の単純な直列で、語の流れが軽過ぎますね。それで「紫陽花の藍朱色のダリア」とされたのでしょう。あるいは「紫陽花の藍ダリアの朱色」でもいいようです。花そのものではなく、花の色を抱え持ってきた、とすることで、変化が出ますね。
添削:
「雨の中友は両手に抱へ来ぬ紫陽花の藍朱色のダリア」(アン)
添削-2:
「雨の中友は両手に抱へ来ぬ紫陽花の藍ダリアの朱色」(アン)
「笑いつつカメラを向けて撮すよと母に向けたる笑顔の写真」(葉月)
亡母がかって写真を撮ってくれた時のことです。上の句は母の動作。私がカメラに向かって(同時に母に向かって)微笑んだ写真です。よろしくお願い致します。
添え書きでは「上の句は母の動作」とのことですが、「・・撮すよと母に向けたる笑顔」という語の流れではそのようにはとれません(それが解かっていて、添え書きで解説されたのでしょうけれど)。大事なのは、添え書きの解説なしで解かるように詠むことですね?ともかく、写す方も写される方も笑顔の、楽しい撮影ですね。本当は母娘のツーショットが撮りたかったですね?
添削(改作):
「笑ひつつ「撮すよ」とカメラを構へゐる母に向けたる笑顔の写真」(葉月)
「好きなものここにいくつか揃ってる東京の夜はあつく更けゆく」 (choco)
夫と長男に会いに、彼の出張のついでに彼を追いかけて上京し、長男の仕事が終わるのを待って会ってきました。長男はそれなりに一人で生活してはいるものの、アルバイトで生計を立てている。苦しい彼の生活を垣間見て、心穏やかにあらずも、再会できて幸せでした。私の好きな池袋で会いました。三人で台湾料理を食べました。今日は潮留で岡本太郎の壁画を見てきました。
長男さんは学生か研修生でしたね?メールや電話もいいですが、こうしてたまには直に会われることがお互いに効果的ですね。「潮留で岡本太郎の壁画を見てきました」とのことですが、あの巨大な壁画が新発見なんて本当でしょうかね。隠しようがないと思われますが・・・。お作で「あつく」は「暑く」且つ「熱く」ですね。それで平仮名にされた・・・。
「好きなものここにいくつか揃っている東京の夜はあつく更けゆく」(choco)
満開の 梨に点々 耳掻きの
綿(めん)が蜂となり 花粉を運ぶ(伊那佳2006/07/16)
昔、我が家は梨の果樹園をしていました。人工授粉は母と一緒にしました。満開の花に自家製の花粉を付着させます。綿が蜂の役割を果たします。(現在も同じ方式)
数十年昔の思い出
( 果樹園は 働き者が 姿消し 麦と大豆の 畑に変わりゆく)
伊那佳さんは伊那で生まれ育ったのですね。生粋の伊那っ子というわけですね。お作で「耳掻きの綿(めん)が蜂となり」が解かり難いですね。手間隙駆けて、綿棒を使って受粉させるわけですね。添え書きで、「人工授粉は母と一緒にしました」、「数十年昔」とありますが、それではまだ生まれていないか、幼児でしょう?
(もうそろそろ、各句ごとに一字空ける書き方はお止め下さい。短歌は原則的には一息に書くものです。啄木は3行書きを試み、また今でもスペースの関係で複数行に書くことはありますが、各句ごとに一字空けるのとは全く違います。)
改作(旧仮名):
「綿棒を蜂の代はりに母とわれ梨に人工受粉せしかな」 (伊那佳)
(読み:「めんばうを はちのかはりに ははとわれ なしにじんこう じゅふんせしかな」)
「病院の鉄の扉を押し開けて知る人ぞ知る院の裏道」(小百合2006/7/15)
・・・それでどうなんですか?歌になりかかっていますが、これだけでは歌になっていませんね?何を詠もうとされたのか・・・?この裏道には何か秘密があるのですか?
なにか解からない歌になりましてすみません近道とゆうことです
近道ですか、どこへの近道ですか?「病院の鉄の扉」は一体どこにあるのでしょうか?普通は滅多に開かない鉄扉(てっぴ)なのでしょうか?それを小百合さんは知っている。それを開けばどこかへ行く近道があることをほとんどの入居者は知らないのですか?それを自分は知っているんだ、という優越感を詠いたいのですか?つまり、一体どんな感動なり情趣を詠もうとされているのか、ということなのですが。そのあたりをもう一度整理されて、詠み直されませんか?
「病院の鉄の扉を押し開けて施設に通じ近道なりて」(小百合)
施設というのは入所しておられるケアハウスのことですね。「病院の(裏手?の)鉄の扉を押し開けると、ケアハウスへの近道に出る」こういうことですね?ただ、これだけでは読む方は「ああそうですか」で終わってしまいましょう。こういう報告なり情報を聞いても、読者には何らの感興も起こりません。ですから、短歌にはなっていません、と言いました。与えられた情報だけでなるべく短歌らしく詠むと、例えば・・・
改作:
「ハウスへの近道なれば鉄の扉(と)を押し開きたり検診のあと」(小百合)