2006年8月アーカイブ

「甘き香に惹かれて見れば葉がくれに葛の花あり石畳道」(宋見)
[足柄の箱根の山に延ふ久受(くず)の引かば寄りこねしたなほなほに・万葉集]
我が家から少し登れば箱根旧道の石だたみ路にさしかかります。万葉に詠われているようにくずが延び放題に延びています。花は葉にかくれていますが甘い香りに引かれて葉を掻き分けてみますときれいな花が見えます。石畳の道はもう台風の風が吹きくずの葉を裏返して吹き抜けています。(石畳道のところを始めは箱根旧道としたのですがどちらがよいでしょうか?)

弱い台風が九州方面に接近中ですが、その余波が箱根の方にも多少出ているようですね。添え書きの万葉集の引用歌、あまりに的確に状況に合いますが、そうした場所に住まわれている幸いですね。お作で「石畳道」よりは「箱根旧道」がいいようです。こうした歌では、固有名詞が現実感を与える効果は侮れません

「甘き香に惹かれて見れば葉がくれに葛の花あり箱根旧道」(宋見)

「しりとりで紡ぐ言葉は六歳の吾子の広がる世界を映す」(麻里子)

息子としりとりをしました。どこで覚えたのか「ソマリア」などと言い,息子の世界がどんどん広がっていることに驚かされました。

アフリカ東部の、あの戦火(内戦)の国だったソマリアですか?すごいですね。確かに「六歳の吾子の広がる世界を映」しています。息子さんが成人されるころ、世界に戦火がなくなっているといいのですが・・・。「尻取り」という漢字を避けられた繊細さ。

「しり取りで紡ぐ言葉は六歳の吾子の広がる世界を映す」(麻里子)

(いい歌ですね。)

「目覚めれば川の流れと同じ向き高山本線分水嶺越えり」(クマ親父)
30年近く前、下呂で組合の大会があり始めて高山線に乗りました、それまでの岐阜、飛騨のイメージはバス転落事故くらいしかなく、穂高の稜線を歩けば長野と岐阜を行ったり来たりするのに遠いところと感じてました、下呂まで当時どれくらいかかったのか記憶してませんがうたた寝からさめると川の流れが逆方向になっていました、列車の旅で分水嶺越えを実感した始めての経験でした。

高山線はおっしゃるように分水嶺(久々野駅あたり)までは川(木曽川支流)の流れと逆に進みますね。そこを過ぎれば流れと同じ方向に進むことになります。(これは富山方面からでも、名古屋方面からでも同様ですね。)なお、お作の最後「越えり」は語法的にミスです。前にどこかでコメントしたように、「り」は「越ゆ」のような下二段活用動詞には付きません。四段活用動詞の已然形と(例:鳴けり)、サ変動詞の未然形にのみ付きます(せり)。実際「越えり」は何だか変ですね?

添削:
「目覚むれば川の流れと同じ向き高山線で分水嶺越ゆ」(クマ親父)

「目をつむり座ればすぐに眠くなり息ふきかえす如くに醒める」(アン)

年のせいだと少し寂しくなりますが少しまどろんだあとは元気が甦っているのです。

「少しまどろんだあとは元気が甦っている」というのはアンさんに限りません。年は関係ないです。「目をつむり座れば」は順序が逆ですね?字数の関係で逆にされたようですが、やはり不自然です。椅子ですか?それとも畳の上ですか?

椅子に座る時にすぐ目をつむるくせがついてしまいました。作り変えました。

「腰掛けて眼(まなこ)つむればまどろみて醒めたるときに戻る活力」

詠み直されて状況はよく分かるようになりましたが、これでは歌ではないのでは?と言いたくなるほどつまらなくなりました。なぜでしょうか。

改作例:
「腰おろす即ちまどろむ癖がつく元気回復に即効あれば」(アン)

順序良く動作を追ってたんなる報告になってしまったせいでしょうか。(>_<)

「順序良く動作を追」うと報告歌になる、と。そういうことではないと思いますよ?伝えたいことを伝えることだけに囚われると、詩情などがなくなり、散文的、報告的になるのではないでしょうか?

有難う御座いました。最近の私の歌に落ち込んでいましたがいつもその事だけにとらわれ詩情を忘れていたのですね。いつも夢子さんの歌の素直な直感に感動していましたが自分の歌となるとどのように勉強していけばよいのかため息が出そうです。

我が と 吾が

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「同病の友をいたわる母親のまなざしに我が<むかし>を想う」
(麻里子)

添削:
「まだ癒えない病友いたわる母親のまなざしに吾があの頃想う」(麻里子)

どうもありがとうございました。推敲が足りず,意味のわからない歌になっていました。
質問ですが,〈我が〉と〈吾が〉は,何が違うのでしょうか。何となく〈吾が〉が合うような感じはするのですが…。

「我が」は「われが」とも読みそうですね。「わが」か「吾が」がいいようです。漢字の感じからもその方がいいでしょう。

老ゆ

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「柔らかく細くなりたる老ひ母(はは)の指 土の感触忘れゐしごと」(和)
93歳の母は、週二回のデイサービスの施設に通うのを楽しみに、健やかな日々を過ごしています。土と共に生きていたその頃の逞しい手はどこへやら、今はほっそりと白く柔らかい指、その手足の指の爪を切って帰ってきました。よろしくお願いいたします。

93歳のお母さん、土とともに生きて逞しかった手が「今はほっそりと白く柔らかい指」ですか。きっと、その逞しさは今は体の内部に、心の芯に、しっかりと染み付いていることでしょう。なお、口語の「老いる」は文語では「老ゆ」で、ヤ行の動詞ですので「老ひ」とはなりません。

添削:
「老い母のやはらにほそくなりし指は土の感触忘れしならむ」(和)

「繁繁と鳴く蝉の声夕暮れの河原の道は仄明かりして」(アン)
夕焼けの空が美しかったのですがそれはもう歌い尽くされている気がして。

初句「繁繁と」は「しげしげと」と読むのでしょうか?「鳴く」と言われれば「声」は不要では?最後が「して」と開いた表現ですから、途中で一度閉めると歌全体が締まりますね。ともかく、きれいな夕焼けを敢えて詠まず、暮れゆくほの暗い河原の道を詠まれたのはさすがですね。

添削:
「しみじみと蝉が鳴くかな夕暮の河原の道は仄明かりして」(アン)

「いつまでも食卓にあるDMのように夫婦はそれぞれにいる」(優子)
ダイレクトメールやフリーペーパーをすぐに捨てればいいのに。ついついテーブルの片隅に置いたままになっていつしか山に。先日、夫とちょっとシリアスな話になり、ほう、夫はこんなことを考えていたのか、としみじみすることがありました。そんなに仕事が大変だったのかぁ。知らなかったなぁ。気づかなかったなぁ。大いに反省。

旦那だって、たまには仕事での苦労を女房に聞いてもらいたい時があるものです。。。お作は、無関心が故に卓上にずんずん積み重なっていくDMのように、夫婦はいつしかお互いの日々の生活、ことに職場での生活に無関心になるものだ、そのことにふっと気付かされた、という嘆息ですね。三十一文字一首ではなかなか詠みきれない内容ではあります。このお作が舌足らずであることも止むを得ません。連作しかないかな。

意味の違う漢字

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「繰りかへし繰りかへし児に匙運びし日我(われ)乳色のカプセルの中」(銀色の風)
まだ意志の疎通も出来ない、ただ親の庇護を求めている幼児の親に自分がいざなったとき、喜びや幸せはむろんですが、それ以外の思いもありました。外出の多い仕事を減らし、家でこどもと向かい合う毎日。乳色のカプセルに「閉じ込められている」という使役の気持ちと「閉じこもっていたい」という思いがないまぜでした。今、思えばどちらも懐かしいです。歌の「我乳色の・・」の部分ですが、続けて書くと漢字が連なって「がにゅういろ」と読めます。こういうときは構成を変えるしかないでしょうか?「われ乳色の」で意味が通ればいいのですが。

幼子の育児当時の思い出ですね。初めて子を産み、育てるという経験は、女性にとってこのような感覚なのかな、と思わせられる一首です。子がまさに自分の分身に思える時期でもありましょう。幼子には個性がすでに芽生え始めているのでしょうけれど。なお、言われるように「日我乳色」と意味の違う漢字がこのように連続することは避けたいですね。読みづらいです。「われ」でいいです。

添削:
「繰りかへし匙を幼児に運びし日々われは乳色のカプセルの中」(銀色の風)

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