「降る雨に白い牡丹の大輪がなべて萎れり花びらの垂れ」(アン)
春のひかりをふりこぼしていた牡丹が...残念です。
花は雨に弱いですね。それでも、天気が回復して日が差すと、元気を回復します。雨天が長引くと、どうしようもありませんが。。。お作で、「萎れり」は変ですね?「萎る」は下二段活用の動詞ですから(未然形が「萎れ」(siore)で、語尾にe音を含む)、完了の助動詞「り」は取りません。また「白き」ではなく「白い」とされるのは意識的でしょうか?
添削:
「降る雨に牡丹の白き大輪の花の萎れて花弁垂れゐる」(アン)
2008年4月アーカイブ
「天をつく銀杏若葉のさ緑が古寺の空輝かしおり」(あおい)
「スダジイの老木茂り主のごと小さき社は昼なお暗し」(あおい)
私の市では緑化啓発運動の一環として「市の巨木・名木マップ」を発行配布しています。この地図をもって家から一時間ほど散歩して、お寺や神社に堂々とそびえる木々に会いに行きました。ほんの一時間ほどですが、すがしい気持ちになって帰宅できました。
お寺や神社の境内はそれほど人の手を加えないゆえか、巨木や古木など天然記念物的な木がありますね。お作の二首目、「昼なお暗し」のような常套句は避けたいですね。短歌は創作ですから。。。
添削(旧仮名):
「天を突く銀杏若葉のさ緑が古寺の空に輝きてをり」(あおい)
添削(旧仮名):
「スダジイの老木主のごと茂る小さき社のほの暗き昼」(あおい)
「一ノ一から二年二組となりし児がふと少年の顔を見せたり」(りこりこ)
1年という月日の何と早い事か、今度の先生は新任の男の先生だと言っている顔がもう少年の様に逞しく見えました。又新しい先生なりの情熱で指導して戴ける事と楽しみにしています。初句の所が字あまりになるのでこんな形にしましたが、解るでしょうか?添削宜しくお願い致します。
これはお孫さんですね?一年一組から二年二組になった、その面白さも盛り込もうとされると初句のような無理が出ますね。この歌の主題は後半でしょうから、そこに焦点が行くように一年一組はがまんできませんか?
添削(旧仮名):
「男(を)の孫は小二となりて話しつつふと少年の顔を見せたり」(りこりこ)
